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桐島聡の時効が停止した理由が衝撃!50年の逃亡も共犯者が原因で逮捕

1970年代、日本を震撼させた東アジア反日武装戦線の一員、桐島聡。

桐島聡の逃亡生活は約50年に及びましたが、驚くべきことに、彼の罪には時効が成立していませんでした。

では、なぜ桐島聡の罪に時効が適用されなかったのでしょうか?ここでは、その理由を解説します。

桐島聡が時効ではなかった理由!共犯者が理由だった

時効とはある特定の期間が経過すると、法律上の責任を問われなくなる制度です。

犯罪にはそれぞれ時効が設定されており、この期間内に犯人が捕まらなければ、その犯罪に対する法的責任を追及することはできなくなります。

桐島聡は、東アジア反日武装戦線の主要メンバー7人が逮捕された1975年5月19日を契機に逃亡を開始しました。

桐島聡の犯罪行為の時効は、当初15年程度と言われていたようです。

そのため本来であればかなり前に時効は成立しているはずです。

しかし彼の場合、時効が適用されず停止していました。

この停止の理由は、彼と共謀したとされる大道寺あや子容疑者が、日本赤軍が1977年に起こしたダッカ日航機ハイジャック事件において超法規的措置で釈放され、その後国外逃亡したためです。

刑事訴訟法の規定では、共犯者の公判中は時効が停止するとされています​​。

つまり、共犯の大道寺あや子容疑者が逃亡したため、桐島聡の時効が停止していたということです。

そのため桐島聡の場合、通常の時効の規定が適用されず50年近く逃亡生活を続けた後、2024年に身柄が確保されました​​。

現在も彼女は国際指名手配中であり、公訴時効が停止しています​​。

桐島聡は指名手配中だった!罪は?

桐島聡は1970年代に日本で活動したアナーキズム系新左翼過激派、東アジア反日武装戦線のメンバーとして、複数の重大な犯罪に関与しました。

アナーキズム系新左翼過激派は、1970年代に活動していた日本の過激な政治運動の一派です。

この運動は、アナーキズム(無政府主義)や極左翼の思想に基づき、従来の政治体制や社会秩序に反対する運動を行いました。

アナーキズムは、国家や政府の権威、強制力を否定し、個人の自由や自律を重んじる思想です。

新左翼は、従来の左翼運動(特にソビエト連邦型の共産主義)とは異なる形で、より急進的な社会変革を目指していました。

アナーキズム系新左翼過激派は、社会変革を実現するために、暴力的な手段も辞さないことが特徴です。

彼らは、テロ行為、爆弾攻撃、暴動などを通じて、その政治的な目的を達成しようと試みました。

これには企業や政府機関への攻撃が含まれており、しばしば無関係な市民が巻き込まれることもありました。

桐島聡が関与した東アジア反日武装戦線は、この運動の一環として活動し、特に企業を標的にした連続爆破事件を起こしたことで知られています。

彼らの行動は日本国内の政治状況に大きな影響を与え、治安当局による厳しい取締りを招く結果となりました。

桐島聡の罪名は?

桐島聡の主な罪名は、爆発物取締罰則違反です。

具体的には、1975年4月18日に東京・銀座にあった韓国産業経済研究所のビルに手製の時限信管付き爆弾を仕掛けて翌日に爆発させた事件に関与しました。

この爆発によりビルの一部が損壊しました。

これらの行動は社会に対して深刻な影響を与え、多くの人々に恐怖をもたらしました。

彼はこれらの犯罪により、警視庁によって指名手配されています​​。

爆発物取締罰則違反とはどのような罪?

爆発物取締罰則違反は、爆発物の不正な使用や取り扱いに関連する犯罪です。

日本の法律では、爆発物の製造、保管、輸送、使用に関して厳格な規制が設けられています。

この法律違反は、社会の安全と秩序を脅かす行為と見なされ重い罪に当たります。

具体的には、以下のような行為が含まれます

  1. 許可なく爆発物を製造、保管、譲渡すること。
  2. 不法に爆発物を使用すること。
  3. 爆発物を使用して他人に危害を加えること。
  4. 爆発物を使用して公共の施設や財産を破壊すること。

この罰則は、不法な爆発物の使用を抑止し、公共の安全を保護するために設けられています。違反者は逮捕され、裁判所で裁かれることになります。

刑罰の厳しさは、行為の重大性、被害の範囲、動機、犯罪の計画性などによって異なります。

爆発物取締罰則違反は、一般的に重い刑罰が科される犯罪と見なされています。

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